Twitterに、とっておきの話429「自由を恐れない」の原稿をアップしました。
自由をテーマにした授業というのはあまり見かけません。
どちらかというと、自由を制限するように学校の授業は作られている側面が強いです。
その中で、自由とは何なのかを考える機会を作ることは意味があります。
まずは小話をきっかけにして、自分なりの自由の定義について考える子は、本当の意味で自由を手にするでしょう。
それも誰かに与えられた自由ではなく、自分で勝ち取った自由を楽しむことになるでしょう。
それでは原稿を読んでみましょう⇩
【(自由 と板書)
みなさんは、「自由」と聞くと、どんなイメージをもちますか?(少し間をおく)
きっと良いイメージをもつ人が多いと思います。自由がほしいと思う時ってありますよね。なんだか楽しい時間が与えられるようなイメージです。
(バーナード・ショー の画像を提示)
ノーベル文学賞を受賞したアイルランド人のバーナード・ショーさんは、こんなことを言っています。(次の言葉を【】の部分を隠して提示)
バーナードさんは、自由は恐れるものだと言います。それは、【】の隠れている言葉が理由になります。どんな言葉が入ると思いますか?(しばらく間をおく)正解は、「責任」です。
(隠していた「責任」という言葉を見せる)
自由であるということは、自分勝手に何でもやっていいという訳ではありません。
自由であるということは、自分のすることに責任をもつということです。
責任をもてない人は、もう自由が与えられなくなってしまいます。自分のすることに責任をもてるからこそ信頼され、また新たな自由が与えられるのです。
今の話を聞いて、みなさんはそれでも「自由」がほしいと思いますか?
バーナードさんの言うように、人は責任から逃げたくなるので自由を恐れる人もこの中にいるかもしれません。
でも、自由を恐れず、責任をもって行動できる人こそ、本当の意味での自由を手に入れ、楽しい人生を送れるのではないでしょうか。
責任ある自由をこれからもどんどん手に入れていきましょう。】
いかがでしたか?
最近ではこの小話はさらにレベルアップして作り直され、「自由の芽と責任の芽」というとっておきの話も作りました。
自由と責任は両輪なのです。
責任を果たすからこそ、自由を手に入れることができるのです。
学校生活にも、あらゆる場面で責任と自由があります。
これはどちらかだけを考えて行動するものではなく、両輪として同時に考えなければならないことなのです。
さて、「自由」や「責任」は子どもたちにとってはまだまだ抽象的な言葉な場合もあります。
ここからどう分かりやすく伝えられるかは話し手である先生の腕にかかっています。
気になった方はぜひ、実践してみてください。
ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございました。
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